<9月>
9月5日
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◇フヨウ
(8月中旬〜9月上旬)
円覚寺・瑞泉寺・妙隆寺
実相寺・英勝寺・海蔵寺
収玄寺・極楽寺・浄泉寺

◇ハギ
(9月上旬〜中旬)
東慶寺・浄智寺・明月院
建長寺・宝戒寺
鎌倉子どもふれあい自然の森
寿福寺・英勝寺・浄光明寺
海蔵寺・長谷寺

ヒガンバナ
(9月中旬)
円覚寺・東慶寺・浄妙寺
光触寺・宝戒寺・大巧寺
長勝寺・光明寺・英勝寺
浄光明寺・大慶寺
貞宗寺・久成寺

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◇近代美術館・鎌倉館
0467-22-5000
「補遺の庭」
岡崎和郎展
(9/11〜11/3)
◇近代美術館・鎌倉別館
0467-22-7718
保田東彦展
《白い風景》
シリーズとクロッキー
(9/18〜12/26)
◇鎌倉国宝館
0467-22-0753
特別展
『国宝鶴岡八幡宮古神宝』
(9/9〜10/11)
◇鎌倉文学館
0467-23-3911
特別展
『くどうなおこのいろいろ展』
(7/10〜9/20)
◇鏑木清方記念美術館
0467-23-6405
収蔵品展
『鏑木清方と官展 第一期』
(8/26〜9/26)
◇棟方版画美術館
0467-31-7642
2010展示
「捨身飼虎」
−棟方志功の道標祈−
(1/9〜9/13)
◇鎌倉彫資料館
鎌倉彫後藤会
(9/1〜9/12)
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ねっとDe体操@ホーム

e-ケア・コンソーシアム

e-ケア・プロジェクト

鎌倉シチズン・ネット(KCN)
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「海の音」
平成22年
8月7日(土)
第19回定期朗読会
空から火の雨が落ちてきて
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3月28日(日)
春の定期朗読会
<More>
平成21年
8月8日(土)
第18回「海の音」定期朗読会
題名:骨のうたう
(藤沢市労働会館ホール)
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3月29日(日)
春の定期朗読会
<More>
平成20年
8月3日(日)
「海の音」第17回定期朗読会
題名:あの日の空を誰が・・・
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平成19年
8月4日(土)
「海の音」第16回定期朗読会
題名:もっと生きていたかった
皆様からのご感想
お年寄り劇団復活
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「自転車」
メンバーの方々のみ
平成22年
第9回鎌倉Walk
計画中
古都の道標(みちしるべ)
<宇都宮辻子幕府跡石碑>

段葛を歩いている時に向うを見ると、路から右の方に鎌倉彫の資料館とカトリック教会の間の路地から、浴衣姿の気品のあるお年寄りが現れた。
人の波に委ねて八幡宮まで行のも億劫かと、吾の考えがここまで漂流して来た時に、吾の右足(うそく)は突然信号の点滅を見て突然坐(すわ)りのわるい小さな角石(かくいし)の端(はし)を蹴散らし横断歩道へと踏み出した。急いだために、すわやと前に飛び出した左足(さそく)が、仕損(しそん)じの埋(う)め合(あわ)せをすると共に、吾の身体(からだ)具合よく反対側の歩道へ信号が赤になる前に卸(お)り立った。肩にかけたデジカメのケースが腋(わき)の下から躍(おど)り出しただけで、幸いと何(なん)の事もなかった。
固(もと)より目的のある散策でないから、ぶらぶらと路地へ入りかかる。行く手はほどなく左斜めに曲がっているが、右手の赤い旗が動いているのを見ると、稲荷社だろう。
辺りの空気が一面に古色蒼然として古き歴史を思い抱かせる。稲荷の脇に立つ宇都宮辻子幕府跡と書かれた石碑には800年前に鎌倉幕府があったという歴史の重みがある。人の通らない静かな辻に佇み、古の政争の醜さを見詰め、また現在の政治をも見詰めていかないと気が済まんと見える。その上どこまでも静に佇み、いつまでも見詰めて行く。幕府跡はきっとこれからの醜い政争を見詰めて行くに相違ない。見詰め続けた揚句(あげく)は、時代が流れて、漂(ただよ)うているうちに文字は消えてなくなって、ただ石碑だけが路地の隅に残るのかも知れない。
現在、鎌倉幕府跡といわれている場所が三つある。意外と知られていない。その三つとは大蔵幕府、宇都宮辻子幕府、若宮大路幕府である。大蔵幕府は、治承4年(西暦1180年)源頼朝が鎌倉の地に入ったときに開かれ、源氏3代、約45年間にわたって、初期の鎌倉武家政治の中枢機能を果たした場所で、敷地内には、寝殿・対屋・大御所・小御所・常御所・御所対面所・釣殿・侍所・問注所などが造営され、屋敷の東西南北には門が設けられていたと云われている。宇都宮辻子幕府は、執権北条泰時・連署北条時房の手で大蔵幕府から移され、嘉禎2年(西暦1236年)まで続き、北条泰時はこの新御所の北側に隣接して北条の屋敷を構えていたと伝えている。3番目は若宮大路幕府、嘉禎2年(西暦1236年)執権北条泰時によって宇都宮辻子幕府が増改築されたものという。
歩くと頭が空になる。漱石は、「猫は鼠を捕(と)る事を忘れ、人間は借金のある事を忘れる」と云っている。今は自治体が住民を忘れ、100歳以上の高齢者で所在が分からないことが判明した人の数が全国で次々に増えている。時には自分の魂(たましい)の居所(いどころ)さえ忘れてひたすらに歩く。ただ車の警笛の音を遠く望んだときに頭が醒(さ)める。警笛の音を聞いたときに魂のありかが判然(はんぜん)する。目の前に八幡宮の正一位稲荷社が見える。大仏二郎の旧邸(大仏茶廊)は行き過ぎた。・・・<つづく>>>>More

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寺の正式名称は、法久山大前院上行寺と号し、日蓮上人の孫弟子にあたる日範上人を開山として正和2年(西暦1313年)に創建、「身がわり鬼子母神」「薬師瘡守稲荷(かさもりいなり)」「癌除」「水子供養」の寺として知られています。
将軍源頼朝ができものを患ったとき、北条政子が平癒するよう祈祷を依頼したとかで、その後も、北条氏の祈祷所として栄えたそうです。現在の本堂は、明治19年(西暦1886年)に松葉が谷にある妙法寺の法華堂を移築したものです。

本堂左手には万延元年 (西暦1860年)、桜田門外で大老井伊直弼の襲撃に加った水戸浪士広木松之介の墓があります。広木松之介は、井伊大老襲撃の後、鎌倉まで逃れてきましたが、同志の悉くが命を絶ったことを知り、自害して果てたそうです。
境内右手の本堂には、瘡守稲荷と鬼子母神が祀られ、「薬王経石(やくおうきょうせき)」という大きな黒い石が置かれています。この石は、当病平癒や悪病除、苦しみや心の安らぎにご利益があるそうで、薬石で患部をさすることで痛みや苦しみが楽になるとのことです。主に天然痘や疱瘡等のいわゆる「できもの」を治癒してくれるということで「瘡守」と名が付いていますが、現代では「できもの」の一つである癌をはじめ難病にも霊験あらたかだとのことでお参りする信者の方も多いようです。
山門の裏側には日光東照宮の「眠り猫」の作者といわれる名工・左甚五郎の作と伝えられる龍の彫刻があり、法華堂には、まるでディズニーの世界のようなファンタジックな色彩の七福神が祀られています。
左甚五郎は、江戸時代初期に活躍したとされる伝説的な彫刻職人で、甚五郎作の作品と称されるものは、栃木県日光市日光東照宮「眠り猫」、京都府八幡石清水八幡宮「目貫きの猿」福井県鯖江市誠照寺「駆け出しの龍」など、北は青森県八戸市の櫛引八幡宮から、南は福岡市の筥崎宮楼門まで、全国100ヶ所近く確認され、制作年代も、安土桃山時代から江戸時代後期まで、300年に及んでいるといいます。>>>More

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独思録:「100歳以上のお年寄り所在不明」(9/5)
100歳以上の高齢者で所在が分からないことが判明した人の数は全国で次々に増えており、各地のケースからは、所在などを記載した住民基本台帳を正確に更新していなかった自治体が少なくない実情や年金の不正受給の実態が浮かんできている。
日々の親の死を届出するもりであったが、ふと、一日の労苦は一日にて足れり、という言葉を忘れ、そのまま、放っておいてしまった結果であった。
あたりまえの生活をしているのである。親の死はかくべつ届出したいことでもないのである。死んでしまった親でも存在する。それは、滑稽(こっけい)である。
このごろだんだん、社会の常識について忘れるようになって来た。面倒という気に抗し切れないものを感じて来た。生れて、はじめてのことである。自分の老化について、明確な客観的把握を持たなくなった。自分の怠惰さ加減を粗末にしすぎていたということにも気づいた。
亡くなった親を、いつまでも、ごろごろさせて置いては、惨めである、と冗談でなく、思いはじめた。生れて、はじめて、親不孝という言葉の真意を知った。死んだ親の年金を不正に受け取っていたというエゴイズムが、雲や霧のように湧き出していた。
詐欺という罪状が残った。この罪状は、ただものでない。正直に親の死を届けていればよかったという後悔だけが残った。これも、ただものでない。こんなことを感じている、自分勝手さ、これも、ただものでない。
その、ただものでない後悔が、今まで、心から雲散霧消して、何もない。為すべきことが何もない。あたりまえと思うだけであったのである。皮肉である。
死んだ親の年金をあきらめて、仕事をしているというのが、これが、世間の人々の生活でる。これが、社会ルールである。思うと、なかなか、おそろしいことである。
くだらないことばかり言っている。自分の考えにあきれて、懺悔をはじめる。警察はべつに引きとめない。孤独の覚悟も、できている筈(はず)だ。
もっともっとひどい孤独が来るだろう。仕方がない。やっとの、長い警察の取調べが、そろそろ終わりにかかる。<太宰治「一日の労苦」よりの連想>
発端となった、東京都足立区の民家で戸籍上111歳だったお年寄りのミイラ化遺体が見つかった事件では、父親の死亡を隠蔽(いんぺい)し、遺族年金を不正に受給したとして、警察は詐欺の疑いで、長女と孫娘が逮捕された。
81歳と53歳の容疑者は警視庁の調べに対し「もらっていた年金がなくなると生活に支障が出る。」と供述しているとのことで、年金収入に頼って暮らしていた家族にとっては切実な問題であったようだ。
所在不明者に年金が支給されていたケースは、川崎市、静岡県熱海市、下田市、長野市、愛知県津島市、大阪府和泉市でも起こっており、高齢者で所在の判明だけに止まらず、高齢者が安心して生活ができない、高齢大国日本の大きな課題も浮き彫りにした。>>>More

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太宰治「一日の労苦」
一月二十二日。
日々の告白という題にしようつもりであったが、ふと、一日の労苦は一日にて足れり、という言葉を思い出し、そのまま、一日の労苦、と書きしたためた。
あたりまえの生活をしているのである。かくべつ報告したいこともないのである。
舞台のない役者は存在しない。それは、滑稽(こっけい)である。
このごろだんだん、自分の苦悩について自惚(うぬぼ)れを持って来た。自嘲し切れないものを感じて来た。生れて、はじめてのことである。自分の才能について、明確な客観的把握を得た。自分の知識を粗末にしすぎていたということにも気づいた。こんな男を、いつまでも、ごろごろさせて置いては、もったいない、と冗談でなく、思いはじめた。生れて、はじめて、自愛という言葉の真意を知った。エゴイズムは、雲散霧消している。
やさしさだけが残った。このやさしさは、ただものでない。ばか正直だけが残った。これも、ただものでない。こんなことを言っている、おめでたさ、これも、ただものでない。
その、ただものでない男が、さて、と立ちあがって、何もない。為すべきことが何もない。手がかり一つないのである。苦笑である。
発表をあきらめて、仕事をしているというのは、これは、作者の人のよさではない。これは、悪魔以上である。なかなか、おそろしいことである。